リバロス キャニオニック60M
プラスチック製シンキングミノー72mm
ルビアス2004H
PEライン0.8号&フロロカーボンリーダー10ポンド
プラウ90SL
ブレイドバー ガンメタ
ネットバンド ブラック
中部地方 某渓流
2015年9月24日
午後4時
未計測
10.5℃
アングラー:坂谷内康明(さかやち やすあき) 長野県北佐久郡在住

小雨がわずかに雨音を強め、薄手のウインドブレーカーをたたく。
長袖のインナーがいつの間にか肩口まで濡れている。
寒さにこわ張りながら流れに立ち込み続けると、
待ち続けた相手がユラユラと、自分からわずか5mほど上流の浅瀬まで下ってきた。

「デカい」
間近で見ると圧倒的に大きく、
背中に下げた内径40cmのランディングネットでは明らかに役不足。
凍りつくこちらの腹の内を知ってか知らずでか、
スゥと滑るように淵の底に消えていった。

急いで車に戻り、着替えてレインウエアを着込み『プラウ90SL』を背負う。
この渓相には場違いな大きさのランディングネットだろうが、
どう思われても構わない。
再度冷たい流れに立ち込み雨に濡れる。

一度目のチャンスは魚を見つけてから2時間半後だった。
左岸寄りに立ち込んだ自分の上流にある、浅瀬に続くなだらかなカケアガリに、
ピンクの影がゆったりと現れて定位した。
直アップストリームにキャストし、
遊泳レンジを合わせたミノーを魚の鼻先に流下させる。
30投は繰り返したが、何事もなかったように魚は淵の底に戻っていった。

二度目のチャンスはあっけなく終わる。
先ほどのカケアガリに魚がまた定位したが、数投で流れに消えた。
オレンジの尾ビレをはためかせるように、ゆったりと泳ぎ去った。

自分の体がまた冷えている事に気が付いた。
ロッドを持つ左手が濡れてかじかんでいる。
ロッドのグリップをウェーディングベルトに刺して、
レインウエアのポケットに手を入れて温める。
足も冷え切っているが、自分の気配を消したいから体を動かしたくない。
緊迫した厳しい状況の筈だが、不思議と落ち着きが深まっていくような感覚。
雨音が逆に集中力を高めてくれていたのかも知れない。

岩盤に当たった流心がゆったりと吐き出される対岸側の淵尻にできたカケアガリ。
三度目のチャンスは、少し難易度が上がった。
魚をアップクロスに見ながら、より上流にキャストししっかりと沈めつつ、
魚の定位している深さに合わせてミノーを流下させる。
着水点を探りながら徐々にトレースコースを修正し、
先ほどより水深のある魚の着き場に送り込んだミノーを、
その目の前に横切らせること十数投目。

4時間強の静かな闘いが、一瞬で激しいやり取りに切り替わった。
視認性を高めるために選んだピンクバックのミノーを水中に見失うと、
ロッドに魚の重みを感じるより先にドラグ音が鳴り響いた。

自分の体温が一気に数℃跳ね上がった感覚。
10ポンドリーダーを信じて力いっぱいのアワセを二つ、更に追いアワセを一つ。
イメージトレーニングが実を結ぶ。
かなり強目に設定したはずのドラグを物ともせずにPEラインを引き出しながら、
淵の重い流れの中を一気に上る。

見えない魚をこちらに引き寄せるが、今度は淵の最深部に張り付いて動かない。
「休ませない!」
『リバロス キャニオニック60M』のバットパワーはこの魚も動かした。
淵から出て、手の届きそうな流れで抵抗を見せる。
水面に踊り出た魚体は、
水中に見えていたよりも遥かに鮮やかな体色で、体高も大きい。
無理やりランディングを試みるが当然あしらわれ、下流に下り始めた。
引き寄せては下られる事を繰り返しながら、
足場の悪い流れを徐々に下流に引きずられる。
この辺りで一番のガンガン瀬が下流でゴウゴウと音を立てていた。

「このまま下られると終わる!」
急いで下り魚を横に見るポジションを取るが、流れを味方につけて、
「ジリッ、ジリッ」
とPEラインを引き出して徐々に下ってしまう。
もう魚を掛けたポイントから50mは下られていた。
一か八か、ドラグを緩めてラインテンションを抑えると、
石裏のたるみに入り込み休んでいるようだ。
「よし!」
一気に下流に回り込み、『プラウ90SL』を信じてランディング。
右手に魚の重みを感じながらも、
ランディングネットが赤く染まったような錯覚に陥った。

上を向いて伸びる上アゴにバラバラと並ぶ大きな歯が、ネットに絡んで外れない。
落ちくぼんだような目は魚体に不釣り合いに小さく、険しく睨みつける。

予想以上に鮮やかなオレンジの尾ビレの付け根と、体側のピンク。
対して、グリーンの明度の低さと、エラ蓋のくすんだ赤さが、
かつて見たことのない色彩を作り出していた。

せり上がった背中に並ぶ小さな黒点が、尾ビレにも脂ビレにも散らばる。
それぞれのヒレのシルエットは鱒族のそれからかけ離れた印象で、
あたかも違う魚種を見ているようだ。
浅瀬に横たえた魚体が、次第に暗くなり始めた渓の中で一層大きく感じられた。

憧れの魚を手にし、多くの仲間が祝福の言葉を掛けてくれたし、
素直に不満をぶつけてくれた釣友もいた。
恐らく、この魚を超える釣果を自分はこの先手にする事はできないだろう。

素直にそう思わせてくれるだけの力が、この魚にはあった。