リバロス ブレイドウィザード86MH
ステラC3000HG
PEライン1.5号&ナイロンリーダー16ポンド
プラウ75SL
ブレイドバー シルバー
長野県 犀川
2011年10月29日
AM11:30
晴れ
未計測
未計測
アングラー:荒井尚志(あらい ひさし) 長野県安曇野市在住

10月1日を忘れない。ハラハラとかドキドキとかじゃなくって怖かった。
どうせ釣れないだろう犀川にいつものように出掛けて、足りない腕を釣行回数でカバーしようと企んでいた。ここのところ、行く度に大きな黒い魚ばかり。

水温の低下を望んでも叶わず、それでも足しげく通っていたいつもの場所で、時刻は多分午後2時30分ぐらいだったか。水色はクリアに近くややハイウオーターで、そのランの流心は深く強く速い。手前の岩盤は彫刻刀でえぐったようなスリットが入り危険だ。

このシチュエーションでは、流心脇に生まれる食い波を見つけて、フロントベリー部にウェイトを貼り付けたワカサギやアユといったナチュラルカラーの『ディノバ』を底に沈めて送り込むのが懸命。ややアップ気味にキャストし、PEラインをフリーにした状態で充分な潜行深度を稼いでいく。
ベールを返してスイートスポットで2回シェイク。すると強い水の抵抗を受けて、いとも簡単に『ディノバ』は浮き上がる。底でプラグを操れる時間はほんの一瞬だ。厳しいけど根掛かりとロストを回避しながら続けるしかない。

しばらく下流に釣り下ると小さなベイトが群れて泳ぐ。その小魚の動きを流れの中でしばし観察していた。跳ね上がるように翻り、水の中をヒュンヒュンと煌いて泳ぐ様を。その動きをイメージしてPEラインが水の抵抗を受けないようにロッドを立てながら、プラグを沈ませ、釣りを再開していく。
空は遠く高く、山は色を変え始めている。
無数のトンボが頭上を飛び交い、谷を縫うように走る犀川に秋を知らせていた。

うまくスリットの底に『ディノバ』が潜り込んだか。ヒュン! とロッドを煽ったその瞬間…
グワンと何かがロッドを弓なりに曲げたから、身体が自然と強いアワセを入れた。同時に雷鳴のごとくスプールが悲鳴をあげ、得体の知れない化け物が下流の流心に『ディノバ』を連れ去って行く。
ロッドも限界までカーブを描いているけど、どうにもならない。これは正気の沙汰ではない。リールのドラグだけが頼りで、圧倒的なスピードと暴力的なパワーはとても言葉にできない。
僕は大きな声で「やばい、やばい」と何度も叫んだ。

化け物に違和感はあったのだろうか。フロントとかリアとかじゃなく、この感覚はプラグを丸呑みしていると感じる。リーダーが切れずにもてば体力の消耗を待てるか。
下流には豊富な水量を絞っていく激流が待っているから、とにかくこの弾丸のようなスピードを殺さなくては。

流心の底で煮え滾るように激しく暴れているのを感じながら、腕はもう限界に近づいている。PEラインを出され過ぎると勝負にならないことは百も承知だが、これ以上のテンションはラインのブレイクを誘発させる。
止まらぬ暴走。腕をズシズシと揺らす化け物は重く、リールのハンドルすら巻くことができない。下流に下りながらわずかずつでも巻き取るしかなさそうだ。ついさっきまで手前6mほどの場所に定位していた化け物との距離は、今は途方もないほどに遠く、無限に感じられる。
推測ではもう既に80〜100mほどは下流にPEラインを出されてしまっている。だからやむを得まい、本意ではないが滑るスプールに左手を添えて若干のブレーキをかけ、流心からこの化け物を緩流帯へ導こう。

魚の姿ははたして見られるのだろうか。どうしてもこの稲妻の正体を、サイズを知りたい。『プラウ75SL』には収まらないだろう。化け物を寄せることはできるのだろうか?
ハラハラとかドキドキとかじゃなくって怖かった。こんなの1度だって経験したことは無い。これからの人生でこんな経験は2度と来ないかも知れない。
これは敗戦記念日の日記だ。今日という日を胸に深く刻むんだ。
少なくとも僕は一生忘れない。

流れが一つにまとまり、激流へと変わる下流の場所は近い。ここが最後の決戦の場所だ。化け物も疲れてきているだろう。ロッドを上にリフトする力もままならないほどに、腕は限界に達してしまっているのだろうか。それとも化け物が想像を超えてしまっているからだろうか。
テンションを加えてほんの少しでも違和感を与えると、なおもあり余るパワーでロッドを揺さぶるから、心が折れそうだ。図り知れないスタミナの、この稲妻の正体をどうしても知りたい気持ちと、信じられない気持ちが交錯している。
そしてリーダーが16ポンドであることが脳裏をよぎり、不安な気持ちを増大させている。

仲間たちに見せたいな。見せてこの話をしたいな…
唯一の慰めはそんな僕の姿をずっと、ずっと見守ってくれていた仲間が一人いたことだ。夢のような話をする狼少年になんて僕はなりたくないんだ。対岸にはただごとではないその一部始終を見守りながら携帯電話で話しているギャラリーの姿もあった。

かくして化け物の狂ったような激しいシェイクに耐えうるだけの余地を残し、ドラグの増し締めを決行する。自殺行為に等しいと分かっていても、それだけが残された唯一の選択肢と踏み切った。それでもなお、ジッ…ジジッ…ジィィ…… と化け物は一直線にPEラインを強く絞りながら抵抗を続ける。
ロッドを高く起こしては倒し、わずかにテンションの緩くなったPEラインだけを何とか回収していく。けた外れのモンスターはそれでも寄せることができない!…
やがて金切り声のようにキリキリいう音が、乾いた風のなかで次第に高くなり、大きく耳の鼓膜を震わせて…
銃声が山にこだまするみたいにPEラインは弾けた。
そして化け物との対面はかなわない夢と消えた。

「疲弊しきったPEラインでは歯が立たない。リーダーはナイロンライン20ポンド」
「ロッドは粘り、ひたすら強い道具であること。鈍ったハリ先では顎を貫通できない」
「リーダーとPEライン、スナップとリーダーを結ぶときの結束強度は、
太いフックを伸ばして、プラグを壊してでも川底から回収できるだけの強さを」

犀川のパイオニアの大げさともとれる言葉が身に染み入ってくる。
しなやかなロッドで、ファインフックでも充分に相手にできる大型もいる。これで手にしてきたそんな大型もたくさんいるから。でも現実に対峙したこんな相手には全く通用しない。
僕は多分、本当の化け物を体感したことがなかったから、そう感じていたんだろう。

あの様子ではプラグは口から離れまい。化け物の行く末を想像し罪悪感でいっぱいだ。
だから自分の犯した初歩的な過ちを呪った。しかし、その反面では10分程度の闘いではあったけど、不思議と充足感に満ち溢れていたのもまた事実だった…
僕と仲間はとても興奮していた。闘いが終わった後、対岸から見守っていたギャラリーのもとに4台ほどの車が集まり、僕らの方を見ながら何かを話しているようだった。

川から遠ざかった僕の仲間は無数にいる。子供を理由にしたり、仕事を理由にしたり、時間を理由にしたり、家庭を理由にしたり、様々な理由がそうさせるのだから仕方がないよ。
でも僕はここに残るよ。今までも膨大な時間を釣りのために費やしてきたし。何のためにって思うこともたまにはあるけど。僕はこの冒険が持つ一瞬のダイナミズムを知っているから。
その後、仲間たちにキングサーモンにのされたって連絡をしたよ。
あの時の僕は興奮していたかい?

…それから約1カ月後に、不調続きのこの流れではまずまずの虹君をキャッチした。

バイバイ虹君、君が60cmを超えてもっともっと逞しい姿に成長したら、必ずまた再会すると約束してよ。